妖怪たちがバンドを組んだら、どんな音を鳴らすのだろう。
そんな想像から、『赫夜 | KAGUYA』のMV制作を始めました。静かな和の景色に、ギター、ベース、ドラムが重なる。怖いだけではなく、格好よくて、少し妖しい。それぞれの人物にまだ語られていない物語がありそうな、妖怪バンドをつくってみたいと思いました。
はじまりは『百鬼夜行』
妖怪を題材にしたロックをつくり始めたのは、去年のことです。なかでも『百鬼夜行 / Parade of Shadows』は、YouTubeやTikTokでこれまでとは少し違う手応えを感じた、思い出深い作品になりました。
当時は、フルサイズの映像をつくり始めたばかりでした。一つの場面を短く動かし、コマをつないだりループさせたりしながら、どうにか一曲分の映像にしていました。
いま見返すと、場面の変化はまだ少なく、同じ動きを繰り返している部分もあります。それでも、妖怪たちが音楽に合わせて動き始めるのが純粋に楽しく、夢中で編集していたことを覚えています。完成度とは別のところに、つくり始めた頃にしかない勢いが残っています。
一枚を動かすことから、夜をつなぐことへ
場所や人物、時間の流れを切り替えながら映像を見せるようになったのは、『百鬼夜行』から数作品あとのことだったと思います。
それまでは「この一枚をどう動かすか」が制作の中心でした。そこから少しずつ、「この場面の次に何を見せるか」「明るさや色をどう変えるか」を考えるようになりました。
『赫夜 | KAGUYA』では、その経験を使って、妖怪バンドの演奏だけで終わらない夜を目指しています。歌詞にあるのは、丑三つ時の街を抜け、百鬼の影を追い越して、朝が来る前に誰かに会いに行く物語です。
「鈴が鳴る 風が止まる もう近い」という短い静けさのあと、サビでは「夜を裂いて」と一気に前へ進みます。怖いものに囲まれていても、それ以上に強い気持ちがあれば走っていける。その勢いを、オルタナティブロックのギターと場面の切り替わりで見せられたらと思いました。
妖怪とゾンビの、不思議な人気
妖怪は、日本人にとって少し特別な存在だと思います。怖いのにどこか親しみがあり、恐ろしいものから愉快なものまで、本当にたくさんの姿がある。物語の敵にも主人公にもなり、ときにはバンドだって組めます。
英語圏におけるゾンビにも、少し似たところがあるのかもしれません。
以前、知人から、アメリカの大学には「なぜゾンビ映画がこれほど愛されるのか」を専門的に研究する人もいると聞きました。たしかUCLAだった気がするのですが、大学名については記憶が少し曖昧です。
妖怪もゾンビも恐ろしい存在のはずなのに、何度も姿を変え、時代を越えて作品になり続けています。人ではないものを描くことで、かえって人間の感情や社会を描きやすくなるのかもしれません。その不思議さも、妖怪を題材にしたくなる理由の一つです。
妖怪たちの夜は、まだ続く
『百鬼夜行』をつくっていた頃から、映像のつくり方は少しずつ変わりました。それでも、妖怪たちが夜の中で音楽を鳴らす光景に惹かれる気持ちは変わっていません。
『赫夜 | KAGUYA』は、昔の作品をつくり直したものではなく、『百鬼夜行』から始まった妖怪ロックの続きを、いまの方法で描いた作品です。
今回だけで終わらせず、また新しい妖怪ソングを考えていきたいと思っています。次はどんな妖怪が歌い、どんな夜を駆けていくのか。まだ分かりませんが、妖怪たちの夜をもう少し先まで見てみたいです。
alternative rock / alt-rock赫夜 | KAGUYA百鬼夜行の夜を駆け抜ける和風ロック。妖怪バンドをつくりたいという発想から、音と映像の世界を広げた一曲です。曲のページを開く →最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
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